インタビュー 安心院GT研究会・宮田会長
原体験は、北海道での野宿
「グリーンツーリズム」という言葉でも全国的に知られるようになった農泊ですが、ここ安心院は、そんな農泊発祥の地として、およそ25年にわたって取り組みを続けてきました。「グリーンツーリズム」を日本で初めて提唱した人物として知られる宮田静一さん(NPO法人安心院町グリーンツーリズム研究会会長)は、学生時代に北海道の農村地域で野宿した経験が、後の農泊につながったと語ります。
「学生の時に北海道に農業実習に行ったんですが、お金がなくて国民宿舎には泊まれなくてね。だから国民宿舎の横で寝たんだけど、それがね、非常に楽しかったんです。(農村に)泊まるということは、こんなにも楽しいのか、と」
その体験がのちに農泊という形で実現するきっかけとなったのは、あるラジオ番組で耳にした、「農家は国に農業を守れと訴えるだけで、自分たちは何もやっていない」という一言でした。
「その言葉がひっかかってね……。学生時代の国民宿舎の経験もあって、私たち農家は胸を開いて人を家に泊められないか、と思ったんですね」
とはいえ、これまで前例のない農泊がどういうものなのか、具体的にイメージすることすら難しいのが現状。農家業界に理解してもらうことは簡単ではないと判断した宮田さんは、当初は相談することすら躊躇したといいます。そこでまずは農泊のことを知ってもらうところから始めようと、仲間を集めての研究会を発足します。
「やったことないから、そりゃあ一筋縄ではいきませんでしたよね。宿泊料金も『一泊一食(朝食)付だったら、どれくらいがいいか』と家内に相談して、最初は3千円で提案したんだけど、『高すぎる!』と一蹴されましてね。『千円にしてくれ』と。(農家には)人を泊めてお金をもらうという発想がなかったんだよね。今じゃ三千円ですら考えられないけども」
こうした数々の話し合いや試行錯誤を重ねて、1996年に晴れて安心院での農泊がスタート。研究会発足時から、4年の月日が経っていました。
フランスやイタリアでは、長期休暇は農村で心身を癒すのが当たり前
農泊の本場、ヨーロッパへも視察へ訪れることがあるという宮田さんが、現在提言を続けているものに「バカンス法」があります。バカンス法とは、1936年にフランスで制定された法律の一つ。すべての労働者が2週間のバカンス休暇を取得するよう法律で定められたのが始まりです。1980年代になると、2週間がなんと25日間へ。世界最長の有給休暇として知られています。しかもこの法律を守らない企業には、罰則が科せられることになっています。
「最初にヨーロッパに行った時から、バカンスと農泊はセットで一大産業になっていると感じましたね。都市で失業した若者が田舎で商売を始めるというケースも珍しくありませんし、農村地域といのは、人の心を癒してくれる安息の地なんですよ。フランスやイタリアでは、都市部で頑張って働いて、休むときは農泊でしっかり休む、という流れができあがっています。自然に触れないと、心の洗濯はできないんです。日本でも、自然のないところで働きづくめだと、どうかしたら病気になりますよ。まずは、ヨーロッパでは法律で長い休暇を実現して農泊にステイしていることを、知ってほしいですね」
フランスではバカンス法により、自宅ではない別の休息地で長期間過ごすという、いわゆる“ロングステイ需要”が起こり、その結果、地方の空き家を別荘として滞在する農泊の一形態が築かれてきたと言われています。宮田さんの考えも、フランスをはじめとしたヨーロッパのように、日本にもバカンス法を制定し、有給休暇の取得を義務付けることで、自国の農泊で余暇を過ごすという流れをつくること。近年は新型コロナウイルスの影響で、インバウンド産業の状況も激変しています。海外からの利用者だけに依存するのではなく、日本各地からバカンスを楽しむ人たちがやってくることで、農泊産業を下支えする必要があるというわけです。また農泊は、農村地域の空き家問題の解決の糸口としても期待されています。
「これからの安心院はスッポン、院内はどじょう、中津はハモ……と、『鍋祭り』のようなものを開催するのも面白いだろうと思いますね。鍋を看板に掲げて、より農泊の魅力を味わってもらえるようなことをいろいろと企画していきたいですね」
宮田さんの言葉は、終始一貫して、農泊への愛に満ちています。めまぐるしい時代の変化や、移動の自粛が叫ばれる現代においても、諦めずに農泊の生きる道を模索し続けるその姿は、やはり農泊の生みの親でもあり、そしてこれからの農泊の牽引者でもあると気づかされるものがありました。
安心院 NGTでは、〈泊〉〈食〉〈体験〉の3つを一軒の農家で担うという従来型の農泊から、この3つを分散させることで、高齢化をはじめとした諸課題を解決する一助としたいと考えています。〈泊〉〈食〉〈体験〉の3つを提供するのは必ずしも同一の家庭ではなく、既存の飲食店や体験型サービスとも連携をはかります。3つを分散させることによって、より多様な地域ネットワークの広がりを可能にし、地域経済の活力を高めます。また、農家が抱える経済的・人材的負担を軽減し、農泊の担い手の確保につなげます。
さらに、先駆けて農泊に取り組んできた地域として、農泊に関連するイベントの開催や、SNS、地域メディアなどを主軸とした情報発信にも力を入れていきます。ゆくゆくは私たちのこうした新しい取り組みにより、同じような課題を抱える日本全国の農村地方にとってひとつの針路となれば、この上ない喜びです。
安心院の自然やそこに住まう人々が、ともに築いてきた“農泊”というひとつの文化。私たちは、「安心院の人々」と、そこにやってくる「外からの人々」をつなぐ“橋”のような存在です。さらに「NGT」=「NEXT GENERATION TOURISM」という名前の通り、この農泊を単なる文化として終わらせてしまうのではなく、地域を支える“文化”であり“産業”として発展させていくために、次世代へとつないでいく“架け橋”でもありたいと考えています。目まぐるしく変化するこの世の中で、改めて農村のあり方を模索し、変化を拒まず、そのよさを残していくために、みなさんも安心院の農泊へ足を運んでみませんか?
2020年11月発売
「農泊のススメ」
宮田静一 著
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